アルバイト先に虚言癖のある先輩がいた。副業としてドラッグの売人もしているひとで、知り合って二年ほど経ったころに三つか四つほどの罪状で逮捕されて、それきりになってしまったが、当時はわりと仲良くしていた。面倒見が良いといえば良いひとで、ひどい暮らしをしていたこちらに食事をおごってくれたことも何度かあったし(祇園で飲み食いしたのは後にも先にもこのときだけだ)、おすすめの日本語ラップも色々教えてくれた(MC漢やMAKI THE MAGICのことを知ったのもそのひと経由だった)。信用はまったくできないひとだったが、バイト先の先輩後輩という関係を大きくはみださないかぎりは付き合いやすい相手で、だから、けっこう好きだった。まとめブログの受け売りで語られる、ネット右翼丸出しの政治観だけはきつかったが。

 虚言の例を挙げれば、本当にきりがない。そのひと自身のプロフィールに関することになれば、おそらく、半分以上が根も葉もないでっちあげだった。アメリカの五大ファミリーのボスとつながりがあるとか、そのルートを利用したドラッグの売り上げだけで最大月に10億稼いだとか、高校生のときにポルシェを現金で買って通学の片道だけで乗り捨てたとか、京大の実験室に夜な夜な忍びこんで純度の高いLSDを合成していたとか、FBIの捜査官から職務質問を受けたことが何度もあるとか、仲間が競合相手の生首を切り落として駅のコインロッカーに捨てたとか、創価学会の被害にあった女の子たちを自分名義のマンションに保護しているとか、聞いているだけで恥ずかしくなるような嘘八百にもいちいち疑義を呈することのないこちらに対しては、最低賃金で雇われた清掃業の現場で知り合ったというたがいの経緯を完全に失念してしまっているみたいに、なかなかけっこう羽振りの良いエピソードを並べたてた。そして、いつか自分の自伝を三宅くんに書いてほしい、と言った。

 一度、ふたりで焼肉を食べに行ったとき、悪意からではなくごくごく自然に、今日も肉を生で食べるつもりですかとたずねてしまったことがある。焼肉屋に行くと、店員を心配させないように救急車をおもてに待機させた上で、必ず肉を生で大量に食べると言っていたのを思い出し、不意に口を突いて出た言葉だった。いまからすれば、それだって虚言の一種でしかないと分かるわけだが、先に挙げたような派手な嘘とは違って、ほかの同僚らの前でもわりと頻繁に吹聴していた内容だったし、それに、そのときはこちらも色々ちゃんぽんしすぎていたので、気が回らなかった。

 銀皿によそわれて運ばれてきた加熱用の生肉を、そのひとは本当に生のまま食べた。救急車を待機させるようなことはなかったが、うげーというこちらの驚きをよそに、そのまま一皿まるっとたいらげた。

 だから、あれだけは虚言でもなんでもなく、本当のことだったのだ——と、そういうつもりはない。そうではなくて、迂闊にもそのひとを退くに退けないところにまで追い込んでしまった、こちらに落ち度があったという話だ。だから、そのことを思い出すと、いまでもとても悪いことをしたなと思う。

 

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 犬の散歩中、河川敷でよく見かける老人がいる。向こうもいつも犬を連れている。聞けば、子供のころから犬が好きで、柴犬や柴犬の血の混じった雑種犬ばかりを、いまにいたるまでたぶん二十頭以上は飼ってきたという。おとなしい犬ですねと、そのとき連れていた犬を指して言うと、犬も人間と同じでそれぞれや、吠えて吠えて言うこときかんかったんもおる、あれが死んでくれたときはほんとにほっとしたわ、と老人は言った。

 

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 友人から聞いた話。テレビで映画の予告編が流れていた。いわゆる動物モノで、予告編のなかには、主人の遺体がおさめられた棺の中を犬がのぞきこみ、くーんと悲しそうに喉を鳴らすシーンがあった。それを見た友人の祖母は、いかにも感に堪えないといった口調で、犬畜生にも人情があるんやなぁ、と言った。