つらい出来事やかなしい事件があったとき、だれも見ていないところで、ひそかにすごい表情を作る癖がある。わざとどぎつい笑顔を浮かべてみたり、意味もなく白目を剥いておどけてみたり。ぜったいにそんな表情をこしらえてはならないという、そんなときにあえてそうすることに、どういうわけかずっとこだわっている。

 

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 古い日記を読みかえしていたら、実家の飼い犬や飼い猫の名前まで、イニシャルで記されていた。

 

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 だれにでもひとつやふたつ、いやそれどころかむしろ数えきれないくらいとこの際いってしまってもいいのかもしれないが、もうずっと以前のできごとにもかかわらず、思い出したとたんにはげしくいたたまれなくなってしまうような、はずかしさに駆られてたまらず逃げ出したくなってしまうような、いつまでたってもぜんぜん鮮度の落ちない羞恥心をその都度呼びおこす、だいたいの場合はどうしようもないほどにくだらなくて、他人からすればいかにもたわいない、そんな記憶がきっとある。その手の記憶とうっかり遭遇するたびに、いったいいつごろからか、「思い出すな!」とはっきり声に出してひとこと、じぶんをきつく叱りつけるようにしていさめるのがならいとなっている。