友人から聞いた話。 深夜の牛丼屋で、白髪の男性と金髪のギャル男がカウンターにならんで腰かけていた。妙な組み合わせだなと思ってなんとなく会話に耳をすませていたところ、ギャル男が不意に、「それってつまり、神の見えざる手ということですか!」と抗議…

十年以上前に、友人から聞いた話。 町中で、りんごを丸かじりしながら歩いている男がいた。友人はトイレに行きたかったので、急ぎ足で彼を追い抜き、そのまま近くの商業施設に入った。小便器の前に立ってしばらく、りんごの男も同じトイレにやってきた。手に…

鴨川でポストカードを路上販売していると、時々、四十代か五十代くらいの、いかにもヒッピー風な男が姿を見せることがあった。生え際の後退した長髪に、黒のサングラス、黒のタンクトップ、黒のスキニーパンツ、黒のブーツ。ブーツの踵には鈴が結えられてお…

大学時代の友人は、アパートにWi-Fiがなかった。彼の住んでいたアパートから大学までは、歩いて数分の距離だった。夜になると、彼はたびたびノートパソコンを小脇に抱えて外に出た。そして大学の塀沿いに突っ立ち、そこで電波を拾いながら、アダルトサイトの…

アルバイト先に虚言癖のある先輩がいた。副業としてドラッグの売人もしているひとで、知り合って二年ほど経ったころに三つか四つほどの罪状で逮捕されて、それきりになってしまったが、当時はわりと仲良くしていた。面倒見が良いといえば良いひとで、ひどい…

京都に住んでいた頃、バイト先のラブホテルの同僚だった仏教系の大学に通う学生から、卒業論文の代筆を頼まれた。いくら出せるかとたずねると、十万円までなら問題ないという(彼はその少し前、交通事故に遭って、慰謝料をたんまりふんだくっていた)。当時…

学生の頃、税金対策のためだけに営まれている中古ビデオゲーム店で、アルバイトをしていた。 店内の一画で遊戯王カードをプレイするためにやってくる常連客の中には、小中学生に混じって、男子大学生も何人かいた。そのうちのひとりは、やたらと先輩風を吹か…

ラブホテルでアルバイトをしていた頃、建物を全面改装するということで、工事の期間中、館内の電源をすべて切ったことがある。真昼だったが、照明の落とされた館内は薄暗くなり、建物の性質上、決して多くは設えられていない窓からさしこむわずかなひかりの…

五年近く住んでいた京都のアパートをひきあげる前夜、サロンパスのスプレー缶を処分するために、部屋の外に出て、残っていた中身が空っぽになるまでスプレーを噴射しつづけた。サロンパスのスプレーは新品同様で、だから中身が空になるまでには、けっこうな…

写真でしか知らないひととじかに会うことになったとき、初対面のあいさつをそつなく交わしながらも、想像とはちがった相手の声色に内心でおおいに戸惑ってしまうことがある。そのたびに、じぶんはいったいどういう声色を思い描き、期待していたのだろうかと…

ポケモンに熱中している姪っ子が、大好物のイクラをスプーンですくいながら、おなじ食卓にならんでいたサーモンのほうに目をやり、「これ、イクラの進化形?」とたずねた。同席していた父は、「死にかけ? 死にかけちゃうちゃう」と応じた。

保育園児だったころ、家族そろって出かけた先で、自動販売機のカップヌードルを買った。すでに湯のそそがれたものと思い、受け渡し口に手を差し入れた母の、その甲を熱湯が打った。寝ても覚めても昆虫の話しかしなかった園児のこちらは、水ぶくれのやぶけて…

スーパーファミコンの『スーパーマリオワールド』を、発売されてまもないころだったとおもうが、実家の居間でプレイしていたとき、当時まだ保育園に通っていた弟に、なんとなくコントローラーを差し出してみた。「やってみる?」のつもりだったわけだが、弟…

めずらしく雪が積もったので、めずらしく市バスに乗っていた。鴨川に架かる橋にバスがさしかかったところで、車窓越しにのぞむ河川敷の雪化粧を認めた乗客らの口から、おもいおもいの歓声がちいさいながらもいっせいにあがり、窮屈ではない連帯感がいっしゅ…

つらい出来事やかなしい事件があったとき、だれも見ていないところで、ひそかにすごい表情を作る癖がある。わざとどぎつい笑顔を浮かべてみたり、意味もなく白目を剥いておどけてみたり。ぜったいにそんな表情をこしらえてはならないという、そんなときにあ…