十年以上前に、友人から聞いた話。

 町中で、りんごを丸かじりしながら歩いている男がいた。友人はトイレに行きたかったので、急ぎ足で彼を追い抜き、そのまま近くの商業施設に入った。小便器の前に立ってしばらく、りんごの男も同じトイレにやってきた。手にはまだりんごが握られている。二口、三口ほどしか食べた形跡がない。どうするつもりなのだろうと横目で見ていると、男はりんごにがぶりと噛みついた。そして噛みついたものをくわえたまま、両手を股間のファスナーにのばして小便器の前に立ち、放尿をはじめた。

 

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 別の友人から聞いた話。

 アメリカ留学中、街を歩いていると、すれちがう人間がなぜかときどき十字を切る。それもこちらに向けて切っているようにみえる。なぜだろうと疑問に思ってしばらく、自分が十字架のネックレスを身につけていることに気がついた。

 

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 むかし勤めていたバイト先の同僚から聞いた話。

 あるとき、偶然、妻が内緒で運営しているブログを見つけてしまった。ブログには自分の悪口が山ほど書かれていた。その人自身も出会い系でしょっちゅう浮気をくりかえしていたが、ブログの記述から察するに、妻は妻でどうやらインターネットで知り合った不特定多数の男性と関係を持っているようすだった。そこは痛み分けとして割り切るとしても、離婚するべきかどうか悩んでいるという記述が頻繁に登場するのには、さすがにまずいと思った。そこで、たまたまそのブログに流れ着いた赤の他人のふりをして、旦那さんと離婚するのはやめたほうがいいと、離婚したら子どもがかわいそうではないかと、助言をよそおったコメントをあれこれ投稿した。

 妻のほうからも積極的に返信があった。結果、コメント欄でのやりとりはその日一度だけではなく、数週間に渡って続くことになった。ある日、いつものように、離婚を回避するために練りあげた長文のコメントを投稿したところ、いろいろ詳しく相談したいので、おたがいの都合のつく日に一度どこかでゆっくりお会いできませんか、という提案が妻から届いた。